八幡神社(高松) |
「高松八幡神社 (通称:若宮八幡)」 は、裏側が 新たに開通した環状八号線に面しており、時たま通りがかりに社殿裏の広い 杜を眺めることがありました。 今回は、脇の急坂を下り、神社の正面から探訪することにしてみました。 八幡神社は「五つの鳥居」と「七つの石段」を有する大きな神社です。 境内には、末社として「熊野・稲荷・高木・須賀・春日・御岳」の六社があり、由緒の深さを思わせます。 正面から入ると、二つの紅白の鳥居が目につきます。 鳥居を通過した後に出会う本堂への十九段の石段は、練馬区で最も古い建立です。 又、社内には、日露戦争・太平洋戦争など戦争関係の碑も数多く見受けられました。 ![]() ![]() 明神型一之鳥居 両部型二之鳥居 大正四年(1915) 造立 享和三年(1803) 造立 朱塗りの二之鳥居の左脇には、立派な 練馬区登録有形民俗丈化財の「大山不動明王像」が聳えていました。 ふじ大山道に近いこともあり、ここも富士講が盛んだったのでしょうか。 台座に「大山不動明王の刻字がある石祠」「剥落が激しい不動明王従四童子像」など、珍しい石造物にも出会えました。 ![]() ![]() ![]() 明治三十四年(1901) 造立 ![]() ![]() ![]() 同 従四童子像 左の二体 同 大山大聖不動明王像 同 従四童子像 右の二体と地蔵尊像 享和三年(1803) 造立 参道への二十五段の石段の中腹左手に 九段の石段とその上に鳥居があり、その先に「三国第一山登山記念の富士講碑」が 配置されていました。 ![]() ![]() ![]() 参道の二十五段の石段(右)と九段の石段(左) 神明型鳥居 三国第一山登山記念碑 大正九年(1920) 造立 明冶十九年(1886) 造立 石段を上りきると「手水舎」があり 、正面に「本殿」 本殿前には「宋風の獅子型狛犬」が控えます。 ![]() ![]() ![]() 手水舎 拝殿 本殿 八幡造りの屋根 嘉永五年(1852) 造立 ![]() 宋風の獅子型狛犬 明治二十四年(1891) 造立 境内社は、社殿周りに8社鎮座しています。 拝殿に向かって右手に「夫婦社」、本殿右手には「熊野神社・春日神社・須賀神社・稲荷神社・高木神社」の五社合殿が 並んでいます。 ![]() 十一段の石段・石碑 昭和四十二年(1967) 造立 ![]() ![]() ![]() 九段の石段・夫婦社 神明型鳥居 同 石段前に比較的新しい道祖神 同 石段前に三十八貫(143Kg) の四個の力石 昭和四十八年(1973) 造立 明治四十一年(1908) 奉納 ![]() ![]() 九段の石段・五社合祀の境内末社 同 五社の社殿 本殿の左側裏手の鳥居の先に、「須賀神社」と新しい社殿及び石祠が二基並んでいます。 ![]() ![]() 裏手に通じる八段の石段 石段の上の神明型鳥居 ![]() ![]() ![]() 須賀神社 まだ新しいお堂 その脇に二基の石祠 今回は、鳥居と石段の多さに目を惹かれました。 それが神社に、深みと神秘性を与えているようにも思えました。 道祖神とか力石などもあり、当社は、この地区の講の中心であったのでしょうか。 八幡神社から東へ200m 高松ローンテニスクラブの南東の一角に、練馬区登録有形民俗文化財の 三猿を彫り込んだ 「板碑型庚申塔」が安置されていました。 ![]() ![]() 庚申塔の覆屋 同 板碑型庚申塔 寛文三年(1663) 造立 ![]() |