北陸石仏巡り

会社を卒業してから始めた入社同期との旅行、今年で6回目になります。
今回は、「能登半島−金沢の旅」を企画しました。
旧跡・名刹が多く、記憶を甦らせて記録しました。



 6月6日(月) 7時30分 「時国家

昨日から今朝にかけて、能登島水族館・御陣乗太鼓・白米の千枚田・輪島朝市などを観光しました。

国道249号南下し金沢に向かう途中、曽々木海岸を過ぎた辺りを左折し国指定重要文化財「時国家」に立ち寄りましました。
上時国家・下時国家は、源平壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門のうち、「平家にあらずんば人にあらず」と奢った言葉を述べた事で知られる武将平大納言時忠の末裔と呼ばれる時国家の豪壮な邸宅です。
両家とも約800年の歴史を受け継ぎ、現在にいたっています。
分家ということもあり、質素な佇まいでした。 内部は閉じられていて覗き見るだけです。



        時国家の門             「能登安徳天皇社」の石碑

         納屋            能登最古で国の重要文化財の母屋



南に200m、これも国指定重要文化財指定の「上時国家」があります。
現存する近世木造民家では最大級と云われています。
こちらが本家で、駐車場脇にはお土産屋までありました。
こちらは、内部まで開放していました。


       上時国家の門                土産屋

      入母屋茅葺きの邸宅     国の名勝に指定されている裏山を借景にした庭園



10時30分頃  「大本山総持寺祖院

明治時代に鶴見総持寺へ本山が移される前は、「諸岳山総持寺祖院」が曹洞宗本山だったそうです。

2007年に起きた能登半島地震の爪跡が色濃く残って、特に大祖堂では未だに大掛かりな修復工事中でした。

 
                   境内Map

国道249号線を能登半島海岸沿いに南下しますが、能登輪島温泉辺りから内陸に入ります。
輪島市門前町の「総持寺祖院」に参拝しました。
最初に出会うのが、登録有形文化財の「総門(三松関)」です。
禅宗寺院の第一門としては珍しく、特異な高麗門の様式で建てられています。



        先に総門                 総門(三松関)               寺院名碑

総門をくぐり拝観受付の左を見ると、「いな里堂の石碑」がありその奥の雑木林に朱の鳥居に隠れて「稲荷堂」がありました。
稲荷堂の右隣には、「乳もらい地蔵像」が祀られる小屋がありました。
その手前右手には、「此の経は持ち難し」と読む銅像「
此経難持像」がありました



       拝観受付付近              いな里堂の石碑             白狐石之杜の石碑

         稲荷堂                 社殿                社殿前 お稲荷さま

      林の中に沢山の赤い幟            地蔵小屋               同 乳もらい地蔵像

        此経難持像               同 拡大画像

その傍に、
六体の観音菩薩像と十三体の地蔵菩薩像を祀った「六道観音菩薩・十三尊佛の覆屋」がありました。


   六道観音菩薩・十三尊佛の覆屋            同 左半分                同 右半分

拝観受付の斜め前に、「手水舎」があり、茂みの中に青銅の「水子地蔵像」が建っていました。
その隣に、前田利家の正室まつ(芳春院)の菩提を弔う
亀阜山芳春院」がありました。
院内には、「弘法大師御自作/開運弁財尊天奉安所」の看板が架かった小堂があり、女性の像が安置されています。



         手水舎
                水子地蔵像

         芳春院                  小堂                 同 女性像

芳春院の傍に、「
おそうじ小僧像」と「味噌摺り地蔵像」がありました。
境内に点在している「おそうじ小僧・乳もらい地蔵・味噌摺り地蔵」には、夫々謂れがあるようです。


       おそうじ小僧               同 拡大画像

       味噌擂り地蔵               同 拡大画像

参道の正面に大きな山門が見えますが、すぐ左手に石川県重要文化財の経蔵」が建っています。
堂内中心には、一切経を納める八角宝形造り巨大な回転式の「輪蔵」があります。
輪蔵の手前で椅子に腰掛けているのは、転輪蔵を創始した中国南北朝時代の「
傅大士」とのこと。
ここまでは、参道を挟んで左に右に蛇行してきました。


        経堂                  輪蔵と傅大士               同 拡大画像

参道正面には、朱塗りの太鼓橋「白字橋」の向こうに登録有形文化財「山門(三門)」が建っています。
山門の左側には、「坐禅堂」を繋ぐ登録有形文化財の「
三門回廊」がありました。
廻廊の曲がり角には、これも登録有形文化財の袴腰「鐘鼓楼」が建っています。


      白字橋を渡り山門へ             門内 香台辺り
              門内 阿吽の仁王像

       :山門と回廊                 禅悦廊                   鐘鼓楼

境内中央から右に進むと、左手に修復中の登録有形文化財「法堂(大祖堂)」が見えます。


         法堂(大祖堂)

巡拝順路に従い、登録有形文化財の「禅悦廊」に入ります。


        禅悦廊 入口                 同 廊下


回廊の突き当たりは、登録有形文化財の庫裏「香積台」になります。



        香積台                前に地蔵菩薩像


香積台を左に曲がると、登録有形文化財の書院風仏堂「仏殿」別名 大雄宝殿 になります。
仏殿中央の須弥壇上には、本尊の「釈迦牟尼如来坐像」を中心に、左右に「大権修理菩薩」と「達磨大師」が祀られていました。


         仏殿                 奥に本尊                 同 拡大画像


仏殿から慧心廊という廊下を進み、左に曲がると「法堂」に入りますが、工事中の状態を見ながら先に進みます。


       修復中の大祖堂              同 土台工事                先へ進む


法堂の左手に進むと、ここも工事中の登録有形文化財「放光堂(納骨堂)」があります。


        放光堂

放光堂の左手には、開祖瑩山禅師の御霊を祀っている「伝燈院」があります。
手前には、伝燈堂の扁額が架かった「唐破風の門」とその先に「伝燈院入堂の献鐘」がありました


        唐破風の門               入堂の献鐘                 伝燈院  
 

「妙王殿」の所で左に曲がり、「僧堂(座禅堂)」に行き着きました。
僧堂入口には、約30名分の座禅スペースがありました。
座禅場正面に掲げられた選仏場の扁額の先には、「文殊菩薩像」が安置されていました。


        僧堂(座禅堂)                選仏場                  座禅の場 

香積台に戻り、予約していた昼食をいただきました。
精進料理を「五観の偈を唱え、食後修行僧が給仕したお茶で器を洗い飲み干す」一連の作法を、ドイツ人修行僧から教わりながら頂きました。
ご飯の量が多すぎ、また汁が異常にしょっぱい思い出が残りました。



    ドイツ人修行僧がお出迎え            精進料理                   香積台を出る



総持寺祖院の近くで、「従是禅定石三丁」の道標を見かけました。


         道標



総持寺祖院には登録有形文化財が多く、拝観できなかった建物にも多くの登録有形文化財があったようです。
機会があれば、修復後の総持寺祖院
に伺いたいと思います。



14時30分頃  「妙成寺

自殺の名所高さ35mのヤセの断崖見学、能登金剛・巌門周辺遊覧の後、日蓮宗の北陸本山で能登随一の大伽藍をもつ
金榮山妙成寺」に詣でます。
妙成寺は、日本海に突き出した能登半島の付け根辺りにあり、本堂・五重塔・楼門・鐘楼など国指定重要文化財十棟を
中心にした北陸随一の伽藍を誇る名刹です。



                   境内Map

更に国道を海岸沿いに南下し、再び海岸に出て柴垣海岸の手前を左に入り羽咋市の「妙成寺」に着きました。
「山門」をくぐり、受付で拝観料を払い境内に入ります。


        寺院名碑                 山門

境内のすぐ左側には、国歌で有名な「さざれ石」があります。
その隣の、
「浄行菩薩」を祀る苔むした藁屋根の「浄行堂」に目を惹かれました。
浄行菩薩に願をかけると身の病も心の悩みも除かれるといわれ、像に水を注ぎ束子で擦っている方がいました。


        さざれ石                 浄行堂

      堂内 二体の菩薩像            同 如意輪観音菩薩像             同 浄行菩薩像


境内の右側には、まだ新しい「客殿」(元和二年(1616)建立)があります。
客殿横の庭園に、西欧中世の「日時計」が設置されていました。


          客殿                 横の庭園                 日時計


境内正面の石段の上に、国指定重要文化財「
二王門
」(寛永二年(1625)建立)が待ち構えています。
両脇の間には連子格子を建て込んで、中には「
仁王像」が安置されています
そして眼前には、五重塔が聳えて見えます。


        楼門(仁王門)             門内 阿吽の仁王像              五重塔を望む

順路に従い左に進むと、石川県指定文化財開山堂」(延宝五年(1677)建立)があります。
その隣には、国指定重要文化財「経堂」(寛文十年(1670)建立)がありました。


         開山堂                  経堂                   同 堂内

そして石段の上には、34.18m北陸随一の高さを誇る国指定重要文化財の「五重塔」(元和四年(1618)建立)が出迎えてくれます。 日本唯一の栩葺屋根の五重塔とのことです。
石段の上り口に、日蓮の孫弟子で開祖の「
日像」が配置されていました。 


         日像像                同 拡大画像

      石段の上に五重塔              五重塔全景


五重塔の先に続く墓地に、加賀騒動の主役「大槻伝蔵の墓」があるというので立ち寄りました。
藩主利常の長女「浩妙院の墓」・利常の母「寿福院の墓」が並んで祀られていました。


        大槻伝蔵の墓                浩妙院の墓               寿福院の墓

       墓地の五輪塔


お墓に挟まれた先には、石川県指定文化財「丈六堂(釈迦堂)」があり、本尊の「釈迦如来立像」脇侍「毘沙門天立像・持国天立像」が安置されていました。
丈六堂の右隣りには、「
閻魔堂」(延宝六年(1678)建立)が建っていました。


        丈六堂                堂前 五層の石塔              堂前 五層の石塔

        本尊 釈迦如来立像          脇侍 毘沙門天立像・持国天立像 

         閻魔堂                同 堂内の閻魔様


順路に従い来た道を戻り、日本の国神30体を祀っている国指定重要文化財三十番神堂(慶長十九年(1614)建立)石川県指定文化財三十番神堂拝殿(祈願堂)」(慶長十九年(1614)建立)を拝観します。


       三十番神堂               三十番神堂拝殿


三十番神堂の向かいには、「三光堂」「本堂」「祖師堂」という3つの御堂が横一線に並んでいます。
左側が、日天・月天・明星天の3光天を安置する国指定重要文化財「
三光堂」(元和九年(1623)建立)です。
中央が、伽藍の中心であり礼拝の中心となる国指定重要文化財「
本堂」(慶長十九年(1614)建立)です。
右側が、内陣の厨子に日蓮大菩薩像を安置する国指定重要文化財「
祖師堂」(寛永元年(1624)建立)です。


         三光堂                   本堂                  祖師堂


祖師堂の前に、 袴腰付きの国指定重要文化財「鐘楼」(寛永二年(1625)建立)がありました。
丁度一巡した感じで、隣に二王門が見えます。


          鐘楼


更に客殿の裏側を進むと、
国指定重要文化財書院」(万治二年(1659)建立)があります。
藩主前田利常が、祖先の菩提と生母寿福院および息女浩妙院の冥福を祈るために建立したと伝えられています。
入口の門をくぐると、五重塔を借景にした石川県指定名勝の書院庭園」がありました。


       書院庭園の入口                書院                  書院の庭


客殿を廻り込んで、
妙成寺に残る最も古い建築物の国指定重要文化財「
庫裏」(文禄二年(1593)建立)に出ます。
これにて拝観は終了、受付に戻ります。


         庫裏


参拝予定時間が40分程度でしたので、じっくり観察できなかった感がありますが、見るもの見るものが重要文化財でした。



15時20分頃  「気多大社

能登国一宮「気多大社」は能登半島の基部羽咋市寺家町の鬱蒼たる森を背景とし、海に向かい南面して鎮座する縁結びの神様です。


                   境内Map

国道249号一の宮海岸辺りに、「気多大社」の
「一之鳥居」が目立っていました。
その先に聳える、素木仕上げの「
二之鳥居」をくぐり境内に入ります。


       明神型一之鳥居           両部型二之鳥居と神社名碑       

参道の右側に、「斎館」があります。
参道の左側に、「
養老大黒像奉安殿 があり大黒様が鎮座していました。
その右奥に、奧津嶋姫命を祀る摂社の「
奥津島神社の小祠」が見えました。


        斎館 


      養老大黒像奉安殿              同 社殿拡大画像             同 堂内の大黒像

      奥津島神社の小祠


参道を進むと、左右の「狛犬」が天を見上げていて、更に左側に修復中の「手水舎」がありました。


        招魂社系狛犬              手水舎(修復中) 

参道の正面石段の先に、檜皮葺き四脚門の国指定重要文化財「神門」(天正十二年(1584)建立)が建っています。


       参道から神門               同 拡大画像

神門をくぐって左側に、日本で唯一の縁結び専用祈願所である「気麗むすびどころ」がありました。


      気麗むすびところ

正面に、大国主命を祀る国指定重要文化財「
拝殿」(承応三年(1654)建立)があります。
(拝殿奥の一段高い位置に隠れて、国指定重要文化財「本殿」(天明七年(1787)建立)があります。)
左側には、石川県最古の木造建造物とされている国指定重要文化財の摂社「若宮神社」(永禄十二年(1569)建立)があります。
右側には、国指定重要文化財の摂社「白山神社」(天明七年(1787)建立)があります。



        拝殿
                  左の若宮神社               右の白山神社

白山神社の右隣には、校倉造りの石川県指定有形文化財神庫」(天明七年(1787)建立)が建っています


      校倉造りの神庫               同 拡大画像

神庫の右手には、鳥居だけの「揚田神社」があります。
ここから境内裏手にかけて約3万uの原生林は、国指定天然記念物「入らずの森」として立入り禁止となっています。



     揚田神社の神明型鳥居           いらずの森の立て札


さらに右手の鬱蒼とした樹木に覆われた林の中に、摂社の「太玉神社」が建っています。
入らずの森の前を通って入るため、神聖な雰囲気が漂います。
参道に「縁むすび石」があって、小石がたくさん積まれていました。



        神社名碑               社殿への参道                 社殿 

     社殿前 和風獅子型狛犬             縁むすび石


更に右手の道を下っていくと、左手奥に菅原道真を祀る摂社の「菅原神社」が建っています。
手前には「合格橋」があり、両脇には合格祈願の絵馬がずらりと奉納されていました。



       神社名碑               合格橋と明神型鳥居            参道の両脇に絵馬行列


30分程度の参拝を終え、千里浜なぎさドライブウェイを滑走し金沢に入りました。



6月7日(火) 5時頃 「尾山神社

早朝ウォーキングがてら、金沢市最大の繁華街香林坊の近くの加賀藩藩祖前田利家を祀る「尾山神社」を詣でました。


                  境内Map


西側の表参道は無電柱化が進められて快適でした。
百万石通りに面した「一之鳥居」をくぐり、緩やかな石段を上がります。
石段の上には、和漢洋の三洋式を混用した国指定重要文化財の「神門」が目を惹きます。
一層目の外観は石造ですが、内側は木造になっていました。
 


         参道の灯籠           同 灯篭の火袋に加賀梅鉢の家紋       明神型一之鳥居と神社名碑

      竜宮城のような神門          内側は木造、外見は石造      境内より アーチの上に加賀梅鉢の家紋

神門をくぐり境内には入ると、右側に「手水舎」があり、左側に「北参道の鳥居」が見えます。
正面に、荘厳な拝殿が見えます。


         境内                  手水舎                  北参道の鳥居

黒瓦が鈍く光る瓦葺入母屋造の純和風の「拝殿」で、今日一日の無事を祈願しました。


     拝殿前 青銅の獅子型狛犬             拝殿     

拝殿の右手に回り込み、玉垣越しに「本殿」を拝みます。
本殿を囲う前田家の家紋の加賀梅鉢が刻まれている
玉垣」は、非常に珍しいレンガ造りになっていて不思議な感覚にとらわれます。



         本殿                  本殿を囲う玉垣

本殿右隣りに並行に、二代から十七代までの藩主とその正室を祀る摂社の「金谷神社」があります。
参道の左側には、前田家よりの拝領石4個の「
さし石(力石)」が並んで置いてありました。
今ではさし石に触れると健康になると言われているので、念入りに撫ぜてきました。

社殿の裏には、青銅のオブジェ「母子順風之像」と「松平…(以下剥落)の石碑」が設置されていました。


     明神型鳥居と神社名碑            社殿前 石灯籠         

      社殿前 左側 石灯籠            社殿前 右側 石灯籠 

        手水鉢                  社殿

       境内 さし石               同 左側のさし石             同 右側のさし石

     社殿裏 母子順風之像         社殿裏 松平…(以下剥落)の石碑

境内の右側 神苑の辺りに、前田利家公使用の「利家公金鯰尾兜」・若かりし頃の「利家騎馬像」が設置されていきました。
その先に、正室「
お松の方坐像も設置されていました。 平成十四年のNHK大河ドラマ「利家とまつ」を記念して
建立されたものらしいです。


        金鯰尾兜              母衣をつけた利家公像

       お松の方坐像                同 拡大画像

拝殿の右側一杯に「神苑」と呼ばれる日本庭園が整備されています。
池の傍に、兼六園からサイフォンの原理で水を引いた「導水管」のなごりが置いてありました。


         神苑                   導水管

神苑をざっと眺めて北へと戻り、国指定重要文化財の「東神門」から出ます。
東神門は、旧金沢城の二の丸の唐門と伝わる金沢城の数少ない建造物遺構のひとつとのこと。
東神門の石段を降りると、向かいは金沢城公園でした。



        東神門                 同 拡大画像               東参道の石碑

     向かいは金沢城公園




この後は、兼六園と・金沢城を見学・近江町市場で海鮮丼を満喫し帰路に着きました。