鎌倉寺院 石仏巡り(2)

 2006年10月に、新現役ネット主催「石造美術講座」を受講しました。
 そこでお世話になった佐々木講師から案内を頂き「佐々木講師と行く−鎌倉の石造美術に出会う旅−」に同行させて頂き
 ました。
 今回のテーマは、「宝篋印塔」「宝塔」「無縫塔」の拝観が中心となります。


 佐々木美智子講師以下19名が、定時10時30分にJR鎌倉駅東口を出発しました。

 
         JR鎌倉駅            JR横須賀線のガード 左に入る


 鎌倉駅から若宮通りを南西に向かい、JR横須賀線のカード沿いに国道134号線を東へ進むと、駅から800mで一見民家
 と間違えそうな、鎌倉三十三観音霊場の第十三番札所「稲荷山超世院別願寺」があります。
 ここでは、室町幕府第四代鎌倉公方足利持氏の「宝塔 (国重要文化財)」を拝観します。


 
        寺院門碑と本殿            足利持氏公ご廟所の石碑             高さ3.2mの宝塔

 宝塔には四方に鳥居が浮き彫りされていjますが、これは持氏の怒りを静める為と言われています。
 石質は、鎌倉時代の特徴を備えた安山岩製です。

 
 基壇・基礎部…基礎と一体の造り出しが珍しい  塔身部…鳥居中央の線は閉扉の意味      相輪・笠部…九輪部が五輪のみ(?)


 更に東へ 鎌倉随一のツツジに沿って80m進むと、板東三十三所観音霊場の第三番札所かつ鎌倉三十三所観音霊場の第三番
 札所「祇園山安養院田代寺」があります。

 
                  境内Map


 ここでは、鎌倉時代の「宝篋印塔 (国重要文化財)」が鑑賞のポイントです。 


 
        寺院名碑と山門         板東第三番田代観音の寺院名碑             山門
 
            本殿              十三層の塔と庫裏
 
           地蔵堂                日限地蔵尊像              親子・○○・夫婦地蔵像
 
          地蔵尊像                 石仏・石碑               双体地蔵像と地蔵像 
 
       青面金剛像の庚申塔              宝篋印塔                身代り地蔵像
       元禄七年(1694) 造立

 本堂の後ろには大小二つの「宝篋印塔」があり、小さい方は北条政子の供養塔で、大きい方は高さ約3m 現存する記銘の
 石塔としては鎌倉最古で国の重要文化財に指定されています。
 下2段の拡大画像は、いずれも大きい「宝篋印塔 (開祖 尊観上人の墓)」です。


 
      宝篋印塔 (北条政子の供養塔)           宝篋印塔 (尊観上人の墓)
       嘉禄元年(1225) 造立             徳治三年(1308) 造立
 
       (正面) 基壇・基礎部       塔身部…梵字キリーク(千手観世音菩薩)       相輪・笠部…鎌倉後期の隅飾
 
    (側面) 基壇・基礎部…基礎部が2分割    塔身部…梵字タラーク(虚空像菩薩)       相輪・笠部…隅飾の二方が欠落


 来た路 (国道134号線) を北西に戻り、更にJR横須賀線の踏み切りを渡ると、若宮大路にある下馬交差点にでます。
 ガソリンスタンドの一角に、鎌倉時代の史跡・遺跡などを普及するために鎌倉青年会が建立した「下馬の石碑」がありま
 した。
 この辺りは駒留があったところで、昔の参拝者はここで馬を下りて鶴岡八幡宮に参拝したといわれています。

 
  国道134号線 JR横須賀線 踏み切り辺り         下馬交差点                下馬の石碑
                                                 昭和十二年(1937) 造立


 更に 若宮大路を由比ガ浜方面に南下し 鶴岡八幡宮「一之鳥居」まで行くと、西側道路脇に 鎌倉幕府創業期の御家人
 「畠山重保の墓」があります。
 安養寺から下馬交差点を軸に、直角に850m来たことになります。
 現在の鶴岡八幡宮一之鳥居は、江戸幕府四代将軍 徳川家綱が寄進したもので、国重要文化財に登録されています。

 
     鶴岡八幡宮 明神型一之鳥居
       寛文八年(1668) 造立
 
         六郎茶屋の石碑               地蔵尊像                  地蔵尊像
                          宝暦十年(1760) 造立              延○八年 造立

 ここでは、畠山重保の墓と伝えられる「宝篋印塔」をじっくりと拝観しました。


 
         宝篋印塔
      明徳四年(1393) 造立 
 
        基壇・基礎部          塔身部…梵字キリーク(阿弥陀如来)     相輪・笠部…鎌倉後期の隅飾(先端が剥離)
         明徳四年の銘


 ここから光明寺までは、バス組と徒歩組に別れました。 私は、徒歩で向かいます。
 
 途中民家の一角に、「菩薩像」と「馬頭観世音の石碑」が安置されていました。


 
          石仏・石碑                 菩薩像                 馬頭観世音の石碑

 光明寺に近づくにつれ、徐々に海が見えてきました。
 光明寺参道前の曲がり角からは、正面に材木座海岸が臨めます。


 
      滑川に架かる海岸橋 (先は海)         光明寺参道前の材木座海岸


 鶴岡八幡宮一之鳥居から1300m歩き、鎌倉三十三観音霊場の第十八番札所「天照山蓮華院光明寺」に着きました。

 
                          :境内Map


 本堂は、元禄十一年(1698) の建立で、現存する木造の古建築では鎌倉一の大堂といわれています。
 また山門も、鎌倉の寺院の門では最大の格式を備えたものということです。
 ここでは、奥の院の「無縫塔」を中心に拝観します。


 
        参道と寺院名碑                総門                 山門(三門)
 
          本殿

 境内の左側には、「開山堂」と「善導大師像」「善導塚」があります。


 
           開山堂 
 
       左) 善導大師像 (青銅)             同 善導塚 拡大画像       同 善導塚内に善導大師像のミニチュア
          寛文三年(1663) 造立 
       右) 善導塚

 境内の右側には、「鐘楼堂」「繁栄稲荷社」があります。


 
         宝篋印塔              左) 地蔵菩薩座像 
                            正中二年(1325) 造立
                           右) 地蔵菩薩立像  
                            年代不詳 
 
       十萬堂供養の上に宝篋印塔             鐘楼堂
                            弘化四年(1281) 造立
 
         繁栄稲荷社                同 社殿                 同 お稲荷さま

 本殿の右手に、「鎌倉二十四地蔵尊22番目の延命地蔵尊が安置されている地蔵堂」・「弘長銘の板碑」などが並んでいま
 す。


 
           地蔵堂
 
           地蔵像          鎌倉二十四地蔵尊22番目の延命地蔵尊         石憧六地蔵像
 
           石碑群          同 弘長の板碑 梵字キリーク (千手観世音菩薩)

 石碑群を左折すると、奥の院へと続く秋葉大権現参道になります。
 参道沿いに沢山の五輪塔が並んでいました。


 
        秋葉大権現参道              来善導参道の道標               団子型の五輪塔
  
         聖観音像
      宝永元年(1704) 造立
 
   境内社 神明社(この奥が秋葉大権現)      参道途中からの眺望(神奈川景勝50選)


 狭い 良忠上人御廟参道を進むと、一段と高く開けた場所に奥の院がありました。
 大半が、大小の「無縫塔」です。 正面の一段と大きな無縫塔が、良忠上人の墓でしょうか。
 ここの無縫塔は、基礎・請花・塔身からなる単制の塔です。


 
         良忠上人御廟参道             奥の院手前のお題目塔             奥の院
 
        正面の無縫塔                左側の無縫塔                右側の無縫塔

 左側に、一基だけ年代を経た「宝篋印塔」がありました。


 
         宝篋印塔
 
        同 基壇・基礎部       同 塔身部…梵字ではなく 断 の一字が陰刻     同 相輪・笠部…隅飾が室町時代か                               

 奥の院を戻り、舗装道路を先へと進み短いトンネルを通って光明寺坂を下っていきます。
 樹木の間からは、材木座海岸・由比ガ浜海岸やその向こうの江の島が見えていました。


 
    光明寺坂からの眺望 神奈川景勝50選


 光明寺坂を下っていると、先頭集団から悲鳴に似た喚声があがりました。
 それはじつに異様な光景で、巨大な幾つもの宝篋印塔や五輪塔が鬼気せまる迫力で林立していました。
 「夢に出てきてうなされそう」と言う方がいましたが、皆さんの一致した感想だと思います。
 鎌倉市指定文化財に登録されている この日向延岡藩主「内藤家の墓地」には、高さ3m超の宝筐印塔40基・笠塔婆12基
 ・仏像形4基・五輪塔形1基・角塔婆形1基の墓碑などが収容されています。
 ここでも時間をかけて、坂の上から「宝篋印塔」を拝観しました。

 
        内藤家墓所全景            入り口辺りに六地蔵像        墓所中央に六地蔵像と六観音像
 
           大仏様
 
     (@) 基壇・基礎部…三区の格狭間       塔身部…梵字マン(文珠菩薩)          相輪・笠部…江戸時代の隅飾
 
     (A) 基壇・基礎部…二区の格狭間             塔身部             相輪・笠部…江戸時代の隅飾
 
     (B) 基壇・基礎部…三区の格狭間       塔身部…梵字アン(普賢菩薩)          相輪・笠部…江戸時代の隅飾


 そのまま進むと、直ぐに材木座海岸に出ました。 タイミングよくバスが来ましたので、バスで鎌倉駅に戻りました。
 予定通りの15時30分に、流れ解散になりました。


 今回の寺院めぐりは、石造美術に絞り一基の石造物を丹念に鑑賞する企画でした。
 今まで鑑賞して来た、幾多の「宝篋印塔」など石造の観方が変わってくるのではないかと思います。
 途中、由緒ある寺院を通過するたびに心が騒ぎましたが、今回は横目に見て素通りをしました。
 美術鑑賞という見地からのこの企画は、今後の私の石仏・石造巡りに大変有意義なものになると思います。



  <これまでに巡った鎌倉の寺院等>

  ☆ 別願寺・安養院・畠山重保墓・明光寺・内藤家墓所   
  ☆ 大巧寺・鶴岡八幡宮・建長寺・第六天社・円覚寺