沖縄石仏巡り |
同期会旅行で、沖縄4泊5日の旅を楽しみました。 琉球村・万座毛・辺戸岬・ 美ら海水族館・今帰仁城跡・ブセナ海中展望塔など沖縄全土をドライブ観光しましたが、石造美術にはなかなかお眼にかかれませんでした。 この中で、初日世界文化遺産の首里城周辺を中心に、眼に止まった旧跡などを記録します。 4月23日(月) 13時30分 「波の上宮」 那覇空港に降り立ち車をレンタルした後、まずは旅の無事祈願のため沖縄総鎮守「波の上宮」に参拝をしました。 の大鳥居です。 波上宮の名前の由来の通り、那覇港を臨む高台の上に位置し青い海を見渡す沖縄らしい神社です。 ![]() 境内Map 一之鳥居をくぐり、傾斜の強い石段を二之鳥居へと上がります。 ![]() ![]() ![]() 明神型一之鳥居 神社名碑 石段の上に明神型二之鳥居 二之鳥居をくぐると、正面に赤瓦丹塗り白亜の壁の「拝殿」が迎えます。 コントラストが沖縄らしい神社の印象です。 本殿の前には、狛犬ならぬ「狛シーサー」が睨みを利かせていました。 ![]() ![]() ![]() 手水舎 拝殿 阿吽のシーサー 二つの境内社、天照大神を祀る「世持神社」・沖縄の産業の神様「浮島神社」が配置されていました。 ![]() ![]() ![]() 境内仮宮 左側 世持神社 右側 浮島神社 波上宮の鳥居と山門が隣合わせに、沖縄最古の寺「波上宮三光院護国寺」があります。 建て替えられたコンクリート製の山門では、石造の「仁王像」がお出迎えしてくれます。
山門の上には、「鐘楼」がありました。 時間の関係で、入口だけで失礼しました。 ![]() ![]() 山門 石造の仁王像 16時 「首里城公園」〜「円覚寺跡」〜「弁財天堂」〜「龍潭池」 市場本通り内の牧志第一公設市場を見学した後、宿泊のホテルにチェックインをし「首里城」観光に出かけました。 「首里城」は『琉球王国のグスク及び関連遺産群』としてユネスコ世界遺産に登録されています が、世界遺産の対象となったのは遺構部分のみであり、復元された部分は除外されています。 ![]() 首里城付近Map まず出会うのが、首里城の象徴とも云うべき沖縄県指定有形文化財の「守礼門」です。 日本の城郭でいう大手門にあたります。 守礼門は、首里城第二の坊門(街中の道路にたてられている門)です。 第一坊門は、老朽化で取り壊された「中山門」(後述)で、現在は「中山門址」の看板だけがその位置を示しています。 ![]() 守礼門 守礼門の先に、国指定重要文化財の「園比屋武御嶽石門」があります。 国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所で、形は門になっていますが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所です。 2000年に登録された、「世界遺産の石碑」がありました。 ![]() ![]() 世界遺産の石碑 園比屋武御嶽石門 更に進むと、首里城の城郭内へ入る第一の正門「歓会門」があります。 ![]() 歓会門 右手の石段を上る途中の右下に、王宮の飲料水として使われていた「龍樋」と呼ばれる湧水が流れる場所がありました。 龍の口から湧水が湧き出していますが、この「龍の彫刻」は、中国からもたらされた約500年前のものとのこと。 「雲根石髄」の石碑もありました。 ![]() ![]() ![]() 龍樋 同 龍の彫刻 雲根石髄 石段の先に、第二の門「端泉門」が見えます。 門の両脇には、一対の魔除けの石獅子が置かれていました。 ![]() ![]() 瑞泉門付近 門前に阿吽の石獅子(獅子型狛犬) 更に石段を上ると、「瑞泉門」と見た目に同じような感じの「漏刻門」に出会いました。 ![]() 漏刻門 ![]() 城郭から那覇市街を展望(転写) 漏刻門をくぐるとすぐに広い場所にで、右手に第四の門「廣福門」別名「長御門」があり、ここから先は有料です。 建物そのものが門の機能をもっており、この形式は首里城の城門の特徴だそうです。 ![]() 廣福門 「広福門」の内側は、首里城正殿のある御庭に入る前の広場で「下之御庭」と呼ばれています。 この広場の隅に、礼拝所の「首里森御嶽」があります。 ![]() ![]() 下之御庭付近図(転写) 首里森御嶽 「広福門」の向こうに、正殿の入口「奉神門」が見えます。 ![]() 奉神門 「奉神門」をくぐり、「正殿」「南殿」「番所」「北殿」「奉神門」に囲まれた中庭広場「御庭」にでます。 御庭は、東西約40m・南北約44mの広場で、平らな敷き瓦を敷き詰めて朱と白の縞模様が作られています。 「番所」は首里城へ登城してきた人々の取次を行った所であり、「南殿」は日本風の儀式が行われた所です。 現在は、王国時代に製作された漆器・絵画等の美術工芸品などを中心に展示した資料展示スペースになっています。 ![]() ![]() ![]() 御庭 (左側) 南殿・(右側) 番所 南殿入口は番所から 番所の展示室に飾られている中国風の傘 順路に従い左に折れて、二層三階建ての「正殿」に入ります。 正殿一階は、主に国王が政治や儀式を執り行う場所です。 二階は、大庫理と呼ばれ普段は妃や女官達が使用した空間と言うことですが、儀式などの時には国王が中央の綺羅びやかな御差床に座し、その中心になったそうです。 ![]() ![]() 正殿 1階 御差床 畳の玉座 ![]() ![]() 2階 御差床 椅子の玉座 同 椅子の拡大 左右に黄金の龍柱 ![]() ![]() ![]() 玉御冠 琉球国王印 正殿を一回りして、順路通り「北殿」に入ります。 館内は、パネルなどで首里王府の位置や仕組み・冊封式典などを解説し映像による展示も行っています。 ![]() ![]() 北殿 北殿側の入口 ![]() ![]() 御庭での儀式の模型 中国風の傘 御庭の出口になっている「右掖門」をくぐると、左手に高い城壁を見ながらほぼ直線で約160メートルの下りの石畳道が続いています。 ![]() ![]() 右掖門 下りの石畳道 「右掖門」の右側を見ると、「淑順門」がありました。 ![]() 淑順門 石畳道を降りると、右手にアーチ型の「久慶門」があります。 城内と城外を隔てる外郭を抜ける四つの門の一つで、「観会門」が正面玄関とすると、こちらは通用門です。 ここが、城郭内見学順路の出口となっていました。 ![]() 久慶門 建築物は復元されて間もないため綺麗ですが、それだけに遺跡群という感じからは程遠く、名の通り正に公園です。 しかし<、建物自体総木造で建築された外観は、唐破風妻飾りや龍頭棟飾りなど鮮やかな装飾と真っ赤な漆塗りが印象的でした。 首里城公園久慶門を暫らく進むと、一段下ってこじんまりした尚王家の菩提寺「円覚寺」の総門がありました。 正面から中へは入れないので、脇から小高い土手を上がって廻りこむと、放生池に架かる沖縄最古の石橋と云われる国指定重要文化財の「放生橋」が見えてなかなか良い景観でした。 ![]() ![]() ![]() 寺院門碑 総門 正面 「特別史跡 円覚寺跡」の標識 ![]() ![]() 寺院名碑と朱塗りのの総門 円覚寺跡全景 四角い放生池と放生橋 更に、「沖縄師範学校跡碑」の横を下ると、円鑑池の中に設けられた「弁財天堂」がありました。 ![]() ![]() 沖縄師範学校跡碑 弁財天堂と天女橋 その先の、円鑑池と龍潭池との間に架かるドーム型の「竜淵橋」からは、人工池の龍潭池が一望できます。 沢山の鯉幟りがそよいでいる池のまわりの小さな遊歩道を散策し、池を見下ろす龍譚通りに出ると、高台に聳える首里城の全景を見ることができました。 ![]() ![]() 龍潭池を散策する 首里城正殿を望む 龍譚通りに出ると、ライトアップされて赤く浮かびあがり、一段と美しさを増した首里城正殿が「ジョウトウ(素晴らしい)」。 4月24日(火) 5時 「金城町石畳道」 同期の皆さんを起こさないように、前夜フロントで頂いていた首里散策絵地図を片手に沖縄県指定文化財の「金城町石畳道」を目指しました。 守礼門の横から続く石畳道は長さ300mあり、琉球石灰岩が敷かれた石畳道で「日本の道100選」にも登録されています。 両脇に沖縄の古民家があり、風情あふれる場所です。 ![]() 金城町石畳通りMap 真っ暗闇の那覇の朝には、東京とは1時間近くの時差を感じました。 暗闇の道を、迷子になったかなと不安に感じた頃、やっと入口の標識を見つけホッとしました。 琉球石灰岩の石畳道を終点まで約150mほど下り、Iターンで起点の”真珠道入口”までの300mを一気に上りきりました。 道の両脇には石畳道と同じ素材と思われる古い石垣や、沖縄独特の赤瓦家が並び沖縄を感じました。 又、家の所々に魔除けの「石敢當」の石札を見かけました。 金城町石畳道は、「真珠道」の一部でもあるので、それを示す石碑もありました。 途中、朝ドラ 'ちゅらさん' のロケで使われた家もありましたが、今は一般住居になっていました。 ![]() ![]() ![]() 石畳道入口の案内板 「日本の道100選/石畳」の石碑 真珠道の石碑 ![]() ![]() ![]() ------------------------------------------ 石敢當の石札が目に付く -------------------------------------- ![]() ![]() 赤瓦屋根の門 多くの家の門にシーサーを見かけた 散策絵地図に従い、世界遺産の一部「玉陵」にも立ち寄りましたが、時間が早く閉門していました。 ![]() 王家の陵墓 王陵 玉陵の隣に、石を積み重ねたユニークな山門の「安国禅寺」がありました。 鐘楼門の屋根は赤瓦で葺かれていて、支える四本の柱には龍の彫り物が巻き付いています。 一階の屋根の両端は反り返っていて、入り口の左右には仁王像が控えていました。 ![]() ![]() 鐘楼門 阿吽の仁王像 県道50号線沿いの「首里琉染」の店に、「中山門址」の大きな看板が立っていました。 1428年に建てられた「中山門」は、首里城の第一の門で500m先にある首里城第二の門「守礼門」と対をなしていたそうです。 守礼門と同じ工法の牌桜形式で作られた「中山門」は1908年に取り壊され、中山門の跡地には、沖縄を代表する伝統工芸・紅型を紹介する「首里琉染」が建ったそうです。 植え込みに、「左 那覇/右 守禮門」の道標がありました。 ![]() ![]() ![]() 中山門址の立て看板 中山門と守礼門(絵図) 植え込みに道標 県道50号線を更に西に進むと、沖縄随一の観音信仰の聖地「万歳嶺慈眼院」通称 首里観音堂 がありました。 ![]() ![]() ![]() 寺院門碑 本堂 鐘楼 ![]() |