ふじ大山道巡り 3


「大山道」とは、主に江戸時代の関東各地から、相模国大山にある大山阿夫利神社への参詣者が通った古道の総称です。
「ふじ大山道」は、東京都練馬区から大山へ向かう道で、富士山への参詣者も通ったため「ふじ大山道」と呼ばれ、それが明治期に入って「富士街道」の名で呼ばれるようになったとのことです。東京都練馬区北町1丁目の旧川越街道とふじ大山道の分岐点に、「ふじ大山道 田なしへ 三里 府中江 五里」と陰刻された道標が建立されています 。
1984年に通称道路の改定が行われ、谷原交差点から西武柳沢駅付近までが
「富士街道」と設定されたこともあり、富士街道の終点まで足を延ばしてみたいという気持ちで「富士街道巡り」を決行しました。
2004年2月に北町の起点をスタートして、ふじ大山道と所沢道(旧早稲田通り)との分岐点の目印「道しるべ地蔵尊」まで巡っていますので、今回は 16年振りに「富士街道」終点の西東京市田無の青梅街道まで歩きます。



今回スタート地点の「地蔵堂」の西側には、旧早稲田通りから続く飯田橋石神井新座線(都道25号線)が走ります。


        地蔵堂辺り             飯田橋石神井新座線



飯田橋石神井新座線との二叉路に「道しるべ地蔵尊」を祀る「地蔵堂」があります。


         地蔵堂              同 道しるべ地蔵尊像
                           宝永三年(1706) 造立



地蔵堂を出発して直ぐに、深い木々に包まれた「けやき憩いの森」が見えます。
道路に面して「ふじ大山道の石標」が立っています。
けやき憩いの森の外れの住宅敷地内に、邸内社と思われる小さな「伏見稲荷社」がありました。


        けやき憩いのの森            ふじ大山道の石標              伏見稲荷社



南西に進むと、関町庚申通りと交差する石神井台八丁目交差点があります。


      石神井台八丁目交差点            関町庚申通り



暫く進むと、都道234号線と交差する高塚交差点があります。
ここが、練馬区と西東京市の境界です。


        高塚交差点                都道234号線



少し進むと、かえで通りと交差する東伏見団地東交差点があります。


      東伏見団地東交差点              かえで通り



更に進むと、関道及び新青梅街道(都道245号線)と複雑に交差する富士町交差点があります。


        富士町交差点         左から 富士街道・新青梅街道・関道           新青梅街道



富士町交差点を過ぎた辺りから道が狭くなりますが歩を進めるとやがて、伏見通り(都道233号線)に道を塞がれます。
左に進み、西東京東伏見トンネル入口の上を⊂字に迂回させられました。


       伏見道りに塞がれる            富士街道は左に迂回          西東京東伏見トンネル入口

        富士街道                保谷果樹園                富士街道



ひたすら南西に歩を進めると、伏見稲荷通りと交差する西武柳沢駅東交差点があります。
交差点から別に北西に道が伸びていて、変則五叉路になっています。
伏見稲荷通りと北西の道の二股の一角に、覆屋のお堂があります。


      西武柳沢駅東交差点            二股の一角にお堂          お堂の右側が伏見稲荷通り



「六十六部廻國塔」と「青面金剛像の庚申塔」を祀る「柳沢庚申堂」です。。


      お堂内に二基の石塔            同 六十六部廻國塔           同 青面金剛像の庚申塔
                           享保五年(1720) 造立           宝永六年(1709) 造立



この信号を右折すれば西武柳沢駅前商店街の通りです。
駅の入口を通り過ぎて商店街を通り抜ければ商店街入口アーチの先、榎ノ木通りとの交差辺りに六地蔵石幢のお堂が見えます。
踏み切りを渡って富士街道と南北に交差する狭い榎ノ木通りは、所沢から深大寺に向かう深大寺道で武蔵野を横切る主要道路です。


       お堂が見える            左 榎ノ木通り,右 富士街道



踏み切り手前のお堂には、西東京市指定文化財の「六角地蔵石幢」が安置されています。
六角柱の上部に六地蔵が彫られ、幢身は「西 大山道/東 ねりま道/南 志んだ以じ(深大寺)道」と道標になっています。


         お堂                同 六角地蔵石幢  
                           寛政七年(1795) 造立


      同 拡大画像(六地蔵部)            同 拡大画像(幢身部)


西武新宿線沿いに進むと、青梅街道(東京都道・埼玉県道4号線)に突き当たります。
ここが、富士街道の終点(始点)になります。


      突き当りは青梅街道             青梅街道沿いにお堂



富士街道の終点(始点)に、田無周辺にも弘法大師信仰が広がっていたことをうかがわせる「弘法大師標柱」のお堂があります。
標柱は道標になっていて、側面に「練馬江三里 府中江二里半 所沢江三里 青梅江七里」と陰刻があるそうですが、堂の柵に阻まれて読むことが叶いませんでした。


         お堂                同 弘法大師の標柱
                          嘉永七年(1854) 造立



富士街道の終点辺りから青梅街道の斜め先に、西東京市指定文化財の「柳沢庚申塔」が見えます。
青梅街道と飯能(所沢)街道の追分に建立されたものです。
庚申塔は道標を兼ねていて、左側面に「是より左りあふめミち」右側面に「是より右はんのふ道」と陰刻がありました。


     青梅街道沿いに柳沢庚申塔         同 青面金剛像の庚申塔            同 左右の側面
                          享保八年(1723) 造立



富士街道に戻り、西武新宿線西武柳沢駅に向かいます。
西武柳沢駅北口に着いたのは11時でした。


    青梅街道から富士街道に戻る          西武柳沢駅前通り             西武柳沢駅北口




これで、今回の3,600mを合わせ13Km強の「ふじ大山道(途中から富士街道)」を踏破したことになります。