東海道巡り2

先月、東海七福神巡りを兼ねて東海道(品川~大森海岸)を歩きましたが、今回はその続きと云うか始点に戻り日本橋~品川を巡ります。
その前に、今月巡った「山王日枝神社」の御旅所「日本橋日枝神社」を詣でます。
この後、日本橋より「東海道巡り」を開始します。併せて、東海道沿道の寺院・神社も巡ります。


10時40分に、国指定重要文化財の「
日本橋」に到着しました。
気分を新たに、日本の道路の起点「日本橋」から中央通り(国道1号線)を品川宿へと向かいます。


        高札場跡                 里程標            日本橋(上を首都高速八重洲線が走る)


ここからは「日本橋」という町名になります。
日本橋~京橋~銀座の2km余の街並みは、日本を忘れさせるように多国籍の観光グループが目立っています。
直ぐの日比谷交差点で、「日本橋日枝神社」からの 永代通り(国道10号線)と交叉しますが、直進は 中央通り=東海道(国道15号線 )になり、右折は 永代通り=甲州街道(国道1号線)となります。
日本橋高島屋」は、百貨店建築では初となる国の重要文化財の指定を受けています。



        日本橋1丁目標識           COREDO日本橋(向い側)          日本橋交差点(東海道は直進)

   日本橋2丁目 日本橋さくら通り         日本橋高島屋(向い側)       スターツ日本橋ビル(装飾的な玄関)

       日本橋3丁目標識         日本橋3丁目交差点(キリン像)       東京駅八重洲口方向(平和の鐘)



八重洲の先は「京橋」です。
明治屋京橋ビル」は、中央区区指定有形文化財(建造物)に登録されています。


       京橋1丁目標識          三栄ビル(しずくshizuku429)            明治屋京橋ビル

       京橋2丁目標識                丸の内方向             キロポスト(日本橋まで1キロ)


       京橋3丁目標識            江戸歌舞伎発祥の記念碑          
京橋大根河岸跡の碑

        京橋の親柱               京橋の親柱             京橋の親柱(照明設備つき)
       大正八年(1875)造立           大正八年(1875)造立             大正11年(1922)


東京高速道路の高架を過ぎると「銀座」です。




       銀座1丁目標識             KIRARITO GINZA             ギンザタナカ

       銀座2丁目標識                 MELSA             TIFFANY & BVLGARI   

       銀座発祥の地石碑   


       銀座3丁目標識                CHANEL GINZA      LOUIS VUITTON & MATSUYA GINZA

       銀座4丁目標識                 三越                 晴海通り(有楽町方向)

   銀座4丁目交差点 GINZA PLACE          同 和光ビル                同 三越

銀座三越屋上の一角に、中央区有形民俗文化財の「銀座出世地蔵尊」と三井家の守護神である「三囲神社銀座摂社」が祀られています。



       三越屋上の一角               同 地蔵尊像             同 出世地蔵尊のお堂

       同 三囲神社摂社             同 周りの地蔵様


       銀座5丁目標識                GU                  EXITMELSA

       銀座6丁目標識                GINZA SIX               
みゆき通り
       

       銀座7丁目標識               銀座ライオン          キロポスト(日本橋まで2キロ)

       銀座8丁目標識               東京高速道路               銀座博品館劇場


東京高速道路の高架を過ぎると「新橋」です。
高架の足元に「新橋の親柱」がありました。

ここから、国道15号線の呼び方が(「中央通り」⇒)「第一京浜」に変わります。途端に排気ガスが気になります。
雰囲気も、純日本風になり道路の喧騒は別にして落ち着いた感じがします。
JR線の高架下には歩道がなく、トンネル歩道をくぐり抜けます。



        新橋の親柱          新橋交差点(右折すると外堀通り)           ゆりかもめ新橋駅
     大正十四年(1925)造立

        JR新橋駅方向              JR線の高架          同 高架下(このトンネルをくぐる)

 トンネルを抜けると通りの向こうに神社     東新橋一丁目交差点を渡る


第一京浜とJRの高架が交差する付近に「日比谷神社」がありました。
周囲には高層ビルがたちならび、目の前は交差点で車がガンガン走っており、電車も近くを通っていて孤島のような感じの神社です。
かっては日比谷公園内に鎮座し、日比谷稲荷明神と称されていたとのこと。社号は現在に至るまで「日比谷」のままのようです。
境内は周囲より少し高くなっていて、石段を上った直ぐに拝殿があります。
拝殿の左側に、境内社の「稲荷社」があります。


     神社名碑と明神型鳥居              拝殿                   手水鉢

 境内社 稲荷神社 社殿前 和風獅子型狛犬          同 社殿


第一京浜を進みます。


       第一京浜を直進              東新橋辺り             キロポスト(日本橋まで3キロ)


     沿道のつつじが盛り              芝大門辺り


第一京浜に面して、東京十社の一つ「芝大神宮」がありました。
参道の正面には、整然と大鳥居と拝殿に至る石段が待ち受けています。
その左側には、「石灯籠」「生姜塚」「神社名碑」「灯篭」が並び、右側には「灯籠」「貯金塚」が立ち並びます。
貯金塚(碑文は、武者小路実篤筆)には、毎年貯蓄・貯金の加護祈請を執行しているとのこと。
石段を上りきった正面の拝殿前には、「角と宝珠を載せた獅子型狛犬」が守護しています。
(「角があるものが吽形狛犬」であり「角がない方は阿形獅子」とされています…が、ここは狛犬で記述します。)
境内には、港区指定登録有形文化財の「芝大神宮の力石」がありました。
境内はそれほど広くないが、手水舎付近の庭園は美しく整えられ、都会のオアシスの雰囲気を醸し出す。


        神社名碑                 参道                 神明型大鳥居

        鳥居の左側              同 石灯籠・生姜塚              同 神社名碑・灯篭


        鳥居の右側                同 灯篭                同 貯金塚

        社殿への石段          社殿前 角・宝珠の獅子型狛犬             拝殿

         手水舎                  蹲                   百度石

       力石(五拾貫余)                蹲                   石灯籠


芝大神宮から大門へ抜ける路地に佛願寺」がありました。
ビルの一階に「福ちゃん地蔵像」が祀られていました。
良縁祈願と水子供養にご利益があるお寺だそうですが、開運相談にものって貰えるようです。
看板が無ければとてもお寺とは思えないモダンな建物でした、



      大門への路地に幟が            佛願寺 寺院名碑            入口に福ちゃん地蔵像



路地を抜けると大門通りです。
通りの正面に、増上寺大門が見えます。


         大門通り             通りに大門説明プレート 
         正面が増上寺大門  

    門横 凝った公衆トイレ(地下)       大門前 芝神明の説明プレート


鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された、港区指定登録文化財の「増上寺大門」です。
車道と左右の歩道に門を潜れるようになっている増上寺の参道入口の門です。
(「増上寺」は、2007年5月に巡っています。)


        増上寺大門            その先に増上寺
三解脱門          東京タワーもくっきりと
 

大門交差点を右折し、第一京浜に戻ります。


        大門交差点             第一京浜 先の交差点を左折

      浜松町駅方向へ進む          通りの角から神社が見える


浜松町駅の南西に、「讃岐小白稲荷神社」がありました。
大名下屋敷邸内社の「讃岐稲荷」と地域の町民が祀った「小白稲荷」が合祀されて成立した稲荷神社です。
鳥居が2つ、左手は「讃岐稲荷神社」・右手は「小白稲荷神社」です。
鳥居の両側には、阿吽の「狛ライオン像」が配置されています。
鳥居を潜るとその中央に「手水舎」があり、「社殿」が合祀されています。
境内には、「四拾余貫目・五拾三貫目」二個の「力石」がありました。
          


       讃岐小白稲荷神社          讃岐稲荷神社 明神型鳥居         小白稲荷神社 明神型鳥居

     鳥居の両脇 狛ライオン        阿形狛ライオンの脇 お稲荷さま            百度石


     社殿の両脇 お稲荷さま              社殿              社殿前 三対のお稲荷さま

        手水舎                  方位盤                二個の力石

    狐穴前に小さな鳥居と神狐像         ここにもお稲荷さま              出世お獅子台


神社を出ると、浜松町駅のホームが見えます。
第一京浜に戻り首都高速都心環状線の高架を目指します。


    神社を出るとホームが見える        首都高速都心環状線の高架
        キロポスト(日本橋まで2キロ)


首都高速都心環状線の下、古川に架けられた「金杉橋」を渡ります。
赤穂浪士たちが討ち入り後、泉岳寺に向かう道中に渡ったとされる由緒のある橋です。

金杉橋付近の川面には、小さな屋形船がビッシリ。夏の夜には屋形船に付けられた色とりどりの提灯が周囲を照らします。
東京で初めてガス灯がともった場所としても知られています


          金杉橋           
   古川に駐留する屋形船


第一京浜を進むと、芝四丁目交差点辺りで右に大きくカーブします。
三菱自動車工業本社ビルの前に、「江戸開城 西郷南州/勝海舟 会見之地」の石碑がありました。
昼食時、ビルから溢れ出る社員の群れをかいくぐり田町駅を通過します。
札の辻交差点には、「札の辻」由縁の説明プレートがありました。



  芝四丁目交差点 大きくカーブする        三菱自動車工業本社ビル         江戸開城会見之地の石碑 

        田町駅                 札の辻交差点            通りに緑が迫り出ている


道路沿いに、三田の鎮守「御田八幡神社」がありました。
石段の両脇には金網で保護されている一対の「狛犬」が配置されています。
石階段を上ると、正面に「拝殿」右手に「手水舎」左手に「神楽殿」があります。
拝殿の横には、石盤のような珍しい「お百度石」が配置されていました。
オフィス街にあり、ビルに挟まれた境内には鬱蒼と茂った緑を残しているため、都会の喧騒を感じさせない清々しい空気が流れています。神楽殿の前にはベンチが置かれており、近隣のビジネスマンの憩いの場となっているようです。



        神社名碑                 明神型鳥居              社殿への石段


       石段の左脇 石灯籠         石段の両脇 宋風獅子型狛犬           石段の上 手水舎

      拝殿前 和風獅子型狛犬              拝殿                  神楽殿
       元禄九年(1696)奉納

       お百度石 正面               同 側面                 女坂の石段
     文政十年(1827)奉納

社殿の左奥に、境内社として二つの祭神が合体している珍しい神社がありました。
左側が「五光稲荷神社」・右側が「御嶽神社」です。
境内社の社殿の右奥にも、「稲荷社」があり沢山のお稲荷様が鎮座していました。



         境内社                五光稲荷神社               御嶽神社

   二つの祭神が合体している社殿 


        右奥に稲荷社              同 明神型鳥居

   同 社殿両脇 沢山のお稲荷さま             同 石祠



歩道橋を過ぎた辺りに、寺院名碑が見えました。


       三田の歩道橋              通りに寺院名碑が



通りに面して、こじんまりとした「十劫山天機院成覚寺」がありました。


        寺院名碑                 地蔵菩薩像                 本堂

----------------------------------------------------- 本堂前の石仏群 --------------------------------------------------


同じように「槃舟山易往院願生寺」もありましたが、閉扉されていて拝観は扉の外からになりました。



          参道                寺院門碑                   本堂

          鐘楼                 地蔵堂



泉岳寺交差点の向かいのビルの屋上に、興味深い社殿が見えます。
交差点を右折し、泉岳寺へと向かいます。


        バラも匂う               泉岳寺交差点       交差点のビルの屋上に拝殿と本殿が見える 

     通りの先に中門が見える         通りに四十七義士の石碑


通りの突き当たりに、赤穂浪士が祀られている「萬松山泉岳寺」があります。



歴史を感じる一層の「中門」及び二層の「山門」は、港区登録有形文化財に指定されています。
山門をくぐると広い境内の正面に、昭和28年に再建された「本堂」が見えます。
山門の横には「大石内蔵助の銅像」が、本堂の横には20世紀にもっとも活躍した禅僧「澤木興道老師の銅像」が配置されています。
赤穂義士墓所への参道には、「血染めの石」「首洗い井戸」「天野屋利兵衛墓」等が配置されています。



     中門(港区登録有形文化財)            同 拡大画像            中門入ってすぐ 三体の石仏
      天保七年(1836)再建

      十一面観音菩薩像             聖観音菩薩像               地蔵菩薩像

        石橋と山門
            山門(港区登録有形文化財)
                         1832年(天保三年)建造

      大石内蔵助吉雄銅像             同 拡大画像

         境内                境内からの山門                本堂

       澤木興道老師像              同 拡大画像               和洋折衷の講堂

         水禽窟             史蹟 赤穂義士墓所の門碑             血染めの石

         手水鉢               首洗い井戸の碑               首洗い井戸

    義商天野屋利兵衛浄園の石碑           筆供養之碑 

赤穂義士の墓詣でに向かいます。
旧浅野家上屋敷裏門を移築した「浅野長矩及び赤穂義士墓所門」は、港区登録有形文化財に指定されています。

「浅野内匠墓」及び「赤穂義士墓」は、国指定史跡になっています。
義士の墓は、預けられた大名家毎に区分けされて安置されていました。

 

  義士墓入口之門(港区登録有形文化財)        浅野内匠頭奥方之墓         浅野内匠頭之墓(国指定史跡)

     四十七士墓所(国指定史跡)            同 全容                 同 墓所配置図

      松平家御預け十人之墓       内 左)大石主税之墓・右)十三回忌碑           同 拡大画像

       細川家御預け十一人之墓          内 大石内蔵助之墓              同 拡大画像

      細川家御預け六人之墓           三回忌地蔵尊像            水野家御預け十人之墓

---------------------------- 細川家御預け十人之墓 ----------------------------


      墓所脇 聖観音菩薩像            同 拡大画像


泉岳寺交差点角に、泉岳寺鎮護「高輪稲荷神社」がありました。
角地を上手く利用して2階に「社殿」・中2階に「社務所」・1階に「神社名碑」と、限られた空間のなかでの配置です。
社殿の右奥に、一石彫りの対の珍しい「お稲荷さま」がいました。


         神社門碑              脇に石灯籠・石碑            階段の中段に社務所

       明神型鳥居と社殿             鳥居の脇に手水舎           社殿前に和風獅子型狛犬 
                                                弘化三年(1846)造立

        社殿の横                 手水鉢               お稲荷さん(左右から)


第一京浜も間もなく品川です。
道路に面し幟が立っています。


         第一京浜                
幟が…


高輪地区の総鎮守「高輪神社」がありました。


       神社名碑と参道              明神型鳥居                 手水舎
                          寛文七年(1667)造立

       和風獅子型狛犬               拝殿
      宝永六年(1709)造立

社殿の左手には、聖徳太子を祀る境内社の「高輪太子宮」が鎮座しています。
太子宮の社殿には、二基の「宮神輿」が安置されていました。
境内を仕切る石塀には、左に「虎退治」右に「蛟退治」の様子を描いた「彫刻」が施されていて、
石塀の左前には「恵比寿像・大黒像」、社殿の左右に港区登録文化財の「力石(右側の力石は区内で最も重いといわれています)等が配置されています。



        観音開きの門           社殿前 宋風獅子型狛犬               社殿
                          大正十年(1921)造立

     石塀前 恵比寿・大黒尊像           石塀 左側の彫刻              石塀 右側の彫刻
                          安政四年(1857)造立            安政四年(1857)造立

       三個の石碑               社殿 左側 力石            社殿 右側 力石(五拾八貫目)


高輪二丁目交差点の角に、江戸時代に高輪海岸に沿って造られた「高輪海岸の石垣石」がありました。
交差点を右折し、東禅寺を目指し結構傾斜のある「桂坂」を上ります。
坂を上りきっても寺院の気配がありません。


       高輪二丁目交差点            高輪海岸の石垣石

       桂坂 案内標識             行けども寺の気配なし

あきらめて坂を降りる途中に「洞坂」があり、ひょっとしてと思い気持ちを奮い立たせて坂道を上りました。
この坂は道幅が狭隘でくねくねと曲がっていて、赤く滑り止め舗装されています。


         上り坂                洞坂 案内標識               下り坂


洞坂を下りきった辺りに、佛日山東禅寺」がありました。
どうやら道を一本間違えたようです。
門前には、「都旧跡 最初のイギリス公使宿館跡」の石碑がありました。
日本最初のイギリス公使館が置かれたため、境内が国の史跡に指定されています。
立派な門構えの「仁王門」をくぐると、緑の多い静かな雰囲気の参道が迎えてくれます。
境内に聳える高さ約18mの「三重塔」は未だ新しいようですが、都心で見られたことに感動しました。


         仁王門               同 阿吽の仁王像         最初のイギリス公使宿館跡の石碑

         境内                 聖観音菩薩像               同 拡大画像

      本堂前 地蔵菩薩像            本堂前 聖観音菩薩像               本堂

         鐘楼
                  三重塔                 同 拡大画像

        宋風獅子型狛犬              宝物館                 大玄関・玄関


東禅寺の奥には寺院が沢山あるようですが、「今日はここらでよかろうかい」。品川駅に直行します。
品川駅には予定通り14時に着きました。


       
京浜国道1号線               駅前の歩道橋                品川駅



今回で、日本橋~大森海岸まで都内の東海道巡りが済みました。
今回は、東海道7km+その他1.8kmの巡行でしたが、日本橋日枝神社からの650mを含むと9.5kmほど歩いた勘定になります。
今までも、日本橋・銀座周辺とか新橋・浜松町・田町・品川の町並みを歩くことがありましたが、通しで歩いて気が付くことがありました。銀座までの街の雰囲気と、新橋からの雰囲気がガラリと変わるのを体感しました。
特徴的だったのが、第一京浜沿いの各神社の社殿が全て高台にあったということです。海沿いの為なのでしょうね。

今回も、様々な出会いがありました。面白かった「讃岐小白稲荷神社の狛ライオン」・初めての出合った「御田八幡神社のお百度石」・一度は見ておきたかった「泉岳寺の赤穂義士の墓」・珍しい「高輪神社太子宮の石塀のレリーフ」・そして感動的な「東禅寺の三重塔」。
陽気に恵まれて、疲れを忘れる東海道巡りでした。